はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 10 [ヒナ田舎へ行く]

ダンがブルーノ相手に必死の攻防を繰り広げていたその頃――

ヒナは居間で目をしょぼしょぼさせ、ふわぁと大きなあくびをしていた。

夕食まであと二時間もあるという。メニューは何?と聞いても、スペンサーもカイルも、ブルーノに聞けと言う。じゃあ、ブルゥはどこへ行ったの?と聞いても、さあ?と素っ気ない。

ポケットに忍ばせておいたチョコレートを食べ尽くしてしまったヒナは、ダンの恥ずかしくない振る舞いをというお願いをすっかり忘れ、裸足になってソファの上で丸くなった。

「ヒナ、お行儀が悪いですよ」偉そうな使用人の演技を続行中のダンがキビキビとした足取りでヒナの目の前に現れた。

ヒナは慌てて足をおろして、しおらしいヒナの演技を再開した。かなり完成度は低いが。

「ダン、遅かったね」靴下を履きながら言う。

「さあ、部屋へ行きましょう」ダンはヒナの前に跪き、くるくると丸まった靴下を手際よく伸ばすと、ヒナの足をすっぽりとおさめた。どうせすぐに脱ぐのに、ブーツまできっちりと履かせると、窓際に立って様子をうかがうスペンサーにさらなる注文を付けた。

「夕食前に入浴を済ませたいので、支度をお願いします。部屋は南側の続き部屋に移動しております。では」

ダンがくるりと踵を返し、部屋の外に向かったので、ヒナはあとを追った。部屋を出る間際、ポケットにもうひとつチョコレートが残っているのを発見し、戻ってカイルに手渡した。

ひとり食べ損ねていたカイルがたちまち笑顔になった。少々柔らかくなって形が崩れてはいるが、一級品には違いない。

「またあとでね」と言い残し、ヒナは急ぎ足で廊下を進んだ。

ダンは階段の下で待っていた。

「作戦成功?」ヒナは訊いた。

ダンは階段を上がりながら「まだわからない」と頼りなさげに答えた。

「ブルゥはきっといいよって言うよ」

「どうしてそう思う?彼に何度出て行けと言われたか知れないよ」

「だって、ブルゥが門の中に入れてくれたでしょ?」ヒナはダンの横に並んで袖口を掴んだ。うっかり階段から落ちないためだ。

「うーん……確かにヒナの言う通りかもね。実はさ、一応条件付きで明日の午前中まではここにいてもいいことになったんだ。だからこれから作戦会議をしよう」ダンはひそひそと言った。

「おー!」ヒナは陽気に応じた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 11 [ヒナ田舎へ行く]

男三人が、再び居間に集った。

こちらも作戦会議だ。

「ブルーノ、追い出すはずじゃなかったのか?」スペンサーが口火を切った。ヒナとダンが出て行くや、窓際からお気に入りの椅子に移動している。

「仕方がないだろう?向こうが全く引かないんだ」ブルーノはたったいま入って来たドアを閉め、疲れたように背を寄り掛からせた。

「全く引かない結果が、部屋の移動か?あの部屋に何の不満があるって言うんだ?」スペンサーはブルーノがダンに言ったセリフそのままを繰り返した。

「歓迎しないからあの部屋だったんだよね。移動したって事は歓迎するって事?」コヒナタカナデ一人を連れて戻って来るという役目を果たせなかったカイルが、ポットに残っていた紅茶をがぶがぶ飲みながら尋ねた。しくじったのはブルーノだと思っているので、いとものんきだ。

「歓迎などしないが、これを貰った」ブルーノは二人に歩み寄り、それぞれに茶色の箱を手渡した。

「なにこれ?」何も知らないカイルが箱をカタカタ振った。

「チョコレートだ。さっき食べた美味いやつ」とスペンサー。

「えっ!どうして僕たちに?」カイルはよだれを垂らさんばかり。

「おおかた、買収する気で持って来たんだろう」そうは言っても、これはかなり嬉しい。スペンサーは辛抱できず包みを開けた。一口サイズの丸いチョコレートが一ダース。日持ちするなら一日一粒ずつ大事に食べたいが、うっかりすると溶けてしまいそうだし、天候によってはかびが生えそうだ。

「すごい。ヒナって良いやつだな。大歓迎しなきゃ」カイルは箱を抱きしめた。

結局、兄弟は買収されたわけだが――

「ということで、今後の方針を決めよう」ブルーノが進行役を買って出た。

役目を取られたスペンサーだが、ヒナの世話をするのはブルーノなので快く譲った。

「時間がないので手短に言うが、ミスター・ダンは明日の午前中いっぱい、この屋敷に滞在する。いや、批判はもっとも」ブルーノは軽く片手をあげ兄弟の非難を遮った。「俺たちがヒナの世話が出来るかどうか見届けない限り、ここから立ち去らないと言うから、猶予を与えた。言っておくが、チョコレートの見返りではないからな」

「説得力ないな」スペンサーはチョコレートをひとつ、謹んで口の中に入れた。

「ほんと。でも、これって伯爵にばれたらまずいんでしょ?」カイルはスペンサーの動く口を見ながらごくりと唾をのんだ。いつ自分の箱を開けようか、思案中だ。

「まずい。が、明日の朝までのことだ。俺たちだけでも十分に客の世話をできるという事を分からせれば、彼はすぐに出て行く。というわけで、より完璧を期すために、仕事を分担する」

「それはもう済んでいるだろう?」とスペンサー。これ以上仕事を押し付けられるのはごめんだといったふう。

「入浴の手伝いと食事の支度。同時に出来ると思うか?」ブルーノは皮肉っぽく尋ねた。

「パンとスープなら、温め直すだけでしょ?」

「それは歓迎しないパターンの食事だ。そんなものを出せば、ミスター・ダンに口実を与えるようなものだ。お坊ちゃまはこのようなものは召し上がりません、とかなんとか言って居座るに決まっている」

「そうだな、それはまずい。食事はブルーノに任せる。ヒナの世話は俺たちにまかせろ。カイル、まず、部屋に湯を運べ。ヒナは風呂に入ると言っていただろう」スペンサーは指を振って指揮を執った。

まかせろというわりに弟に面倒を押し付けたスペンサーは、弟の不満を耳に聞きながら最初の報告書作成のために書斎へ向かった。

コヒナタカナデ、無事到着。

問題はなし。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 12 [ヒナ田舎へ行く]

カイルは兄弟一、働き者である。

だからといって、バケツ片手に階段を上り下り、廊下を行ったり来たりを果てしなく繰り返すことに文句をつけないかといえば、それはまた別。

ぶつくさ言いながら、これで最後と思われる一杯を簡易式の浴槽に流し込むと、隣の部屋でくつろぐヒナを呼ばわった。

ダンが部屋をつなぐドアから、ぬうっと顔をのぞかせた。

「支度が出来たようですね」そう言って引っこんだ。

カイルはやれやれと、バケツを手にして部屋を出ようとした。

「どちらへ?」

呼び止められた。いまいましいダンのやつに。

カイルは戸口でゆっくりと振り返った。「どこって……」言う必要あるのか?

「ヒナをお風呂に入れるのはあなたですよ」さも驚いたふうのわざとらしい顔つき。

「な、なんでっ!」こっちが驚きだ。

「僕はいないものと思っていただかなければ。だってそうでしょう?」ニイっと笑う。

「わ、わかったよ。ちぇ」風呂くらい一人で入りゃいいのに。

そう。ヒナは好待遇を受けるような客ではない。兄弟たちが歓迎するしないは別として、カイルたちと同じように自分ことは自分でするべきなのである。

けれども、まだ、そのことは口にしなかった。

ブルーノが明日の朝までのヒナとダンの待遇を勝手に決めてしまったからだ。

ブルーノにはそれを決める権限などないのだけど、スペンサーがオッケイしたからカイルとしては口出しはしない。まあ、あんな美味しいチョコレートをくれたのだから、個人的には歓迎する。

しばらくして、シャツとズボン姿のヒナがよろよろと現れた。眠たそうに目を擦りながら、浴槽に身を沈めるよりもベッドに潜り込みたいといったふう。

「では、よろしくお願いします。僕は荷物の整理をしますので」そう言ってダンは姿を消した。

カイルは心の準備をするまもなく、謎多き少年ヒナと二人きりになってしまった。

いったい何から始めればいいのやら。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 13 [ヒナ田舎へ行く]

ヒナはカイルの前にぼうっと突っ立ったまま。

カイルは恐る恐る、ヒナに手を伸ばし、シャツのボタンに手を掛けた。

他人のシャツのボタンを外すのは、もちろん初めて。

手が震えた。丸くて小さなボタンはつるつるすべるばかりで、いっこうに穴を通り抜けてくれない。緊張というより、慣れないせいだと、カイルは思った。

「あ、そうだ」ダンが、また、顔をのぞかせた。緑色の四角い物体を手にこちらへやって来る。「石鹸はこれを使って下さい」

「あ、ジュスの石鹸」ヒナが動いた。

プチっとささやかな音。

「あ!」と、カイル。

ど、どうしようっ!!ヒナが手を伸ばしたせいで、ボタンが千切れて転がってしまった。

カイルはおたおたと、豆粒みたいなボタンを追いかけた。四つん這いになって、絨毯の毛をかき分ける。あった!

よかった。ホッとしたところで、高価な陶器のような色の手がにょきっと伸びてきた。見ると、ヒナも四つん這いになっていた。

「なにしてるのっ!」カイルは飛び起きた。

「えっ?なにって……ネコ?」足元にひれ伏すヒナは困ったように小首を傾げた。

え?なに言ってるの?こいつ。

「ボタンが転がったんだよ。ネコとか関係ないし」さっそくヒナの扱いに困ったカイルは隣の部屋に目をやった。ダンののんきな鼻歌が聞こえる。わざとだ、とカイルは思った。

ヒナは胸元を見おろし、「ほんとだ」と呟くように言うと、その場に座り込んでシャツを脱いだ。立ち上がってズボンと下穿きを一緒におろすと、カイルに背を向けた。「リボン取って」

カイルはほとんど解けているリボンを引っ張って取った。高級感漂う青い色のリボンは、都会を思わせた。村にあるリボンやらレースやら売っている店――いつも通り過ぎるだけ――では見掛けない代物だ。丁寧に畳んで、タオルのわきに並べて置いた。

ヒナは背中を覆う長い髪を揺らし、湯に、いきなりちゃぷんと浸かった。

「だめだよ。ゆっくり浸からなきゃ、ヘクターじいさんみたいにぽっくりいっちゃうぞ。ほら、こうやって胸にぴしゃぴしゃっとかけるんだ」カイルは腰を屈めて、湯を掻いて胸にかける真似をした。

「ヘクターじいさん?」

ヒナは湯のくだりはすっぱり無視した。髪の毛が水辺の藻のようにぷかぷか浮いている。

隣の部屋からわざとらしい咳ばらいが聞こえた。ダンが見張っているのだ。あくまで僕は手を貸しませんってか?ふんっ。あとはヒナが湯から出たら拭いてあげればいいだけだろう?簡単だよ。

「ねえ、ヒナの髪洗っ――ぷくっ」ヒナはぶくぶくと湯に沈みながら言った。

入浴の手伝いは、そう簡単ではなさそうだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 14 [ヒナ田舎へ行く]

子供二人がちゃぷちゃぷと水遊びをしているのを横目に、ダンはヒナの脱ぎ散らかした衣類を回収し、寝室に戻った。繕いものは後でしようと、小さなボタンを手の中で転がしながら考える。

皺にならないようにシャツをハンガーに吊し、砂の入り込んだリボンを毛先の柔らかなブラシで撫でるようにして綺麗にすると、リボン専用の箱に仕舞った。代わりに前髪を留める髪留めを用意し、髪を艶々にするオイルも取りだしておいた。

そしてまた、隣の部屋をのぞく。

ヒナは部屋の真ん中で、タオルにくるまって座っていた。カイルがその後ろでヒナの頭をごしごしとやる。ヒナの長い髪は乾かすのが大変だが、開いた窓から流れ込んでくる夏の爽やかな風のおかげで、なんとか夕食までには乾きそうだ。

ダンは耳を澄ませたまま戸口に椅子を持って来て、あとまわしにするはずだった繕いものを始めた。

「ヒナよりもお兄さんってほんと?」ヒナが訊く。

「そうだよ。十六歳だからな。あと、ブルーノは二十二、スペンサーは二十五。だからヒナが一番下なんだぞ」急に兄貴ぶるカイル。ヒナを相手にするにはそのくらいがいいだろう。

「ヒナはぴちぴちの十五歳」

「『ピチピチ』ってなに?ヒナの国の言葉?」

ヒナは時折日本語を織り交ぜて喋るので、慣れない者にとっては聞き取ることすら出来ない。

「フレッシュってこと。シモンが教えてくれた。ジュスはカチコチだって」

「え、シモンって誰?ジュスが『カチコチ』って?」

「シモンはフランス人で、美味しいもの好き。ヒナの好きなものいっぱい作ってくれる」

「じゃあ、ブルーノと同じだな」

「ダンは十八歳なんだよ。ヒナよりも経験豊富で、えーっと、世の中を知っているんだって。役者さんだったんだ」

ヒィー!!ヒナ余計なことを。僕は正確には、役者志望だっただけで、一度も舞台には上がったことはないんだ。

ダンは青くなりながらも頬が熱くなるのを感じた。

「だからあんな極楽鳥みたいなかっこうしてたんだ」

うっかり指先に針を突き刺しそうになった。

「え、ごくらくちょうってなに?」ヒナの興味津々の声。

「知らない。スペンサーが言ってた。派手ってことじゃない?」

「ダンはお洒落さんなんだよ。とびきり」

ナイス、ヒナ!!

「だから毎朝大変なの」ヒナがしょんぼりと付け加える。まるで迷惑そうに。

どちらが大変か、ヒナにもわからせる必要がある。僕の手を借りず朝まで無事に過ごせるのか。泣きついたって知らないからな。繕いものはお終い!

ダンは夕食の支度の進捗具合を確かめるため、そっと部屋を出て階下へ向かった。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 15 [ヒナ田舎へ行く]

前もって屋敷の見取り図を手に入れておいたおかげで――手に入れたのはいまやスティーニークラブのオーナーとなったジェームズなのだけれど――、迷わずキッチンに辿り着けた。途中兄弟の部屋の位置も確認し、一族の肖像画の飾られた絵画室にも寄った。現ラドフォード伯爵はこの土地をロス一族に丸投げしているせいか、家族も含め彼の肖像画は見当たらなかった。

ヒナにとってはその方がいいのかもしれないと、ダンは思った。ヒナは時折、ひどく感傷的になるから、おじいちゃんの肖像画など見ないに越した事はない。

「こそこそと嗅ぎまわるとは感心しませんね」ブルーノが背中を向けたまま言う。

ダンの心臓は飛び出そうになった。

「こそこそなどしていませんよ」口が勝手に嘘を吐く。気配を消してこっそりブルーノの仕事ぶりを伺おうと思っていたし、あわよくばあらを見つけようともしていた。

が、一見しただけでそれは難しいとダンは判断した。

几帳面な性格なのか、作業台の上の野菜は色別に並べられている。振り返ったブルーノの手にはオーブンから出したばかりのスコーン。やはりそれもきっちりと並べられていた。しかもいいにおい。

「正直、ヒナの好みは分かりませんが――」鉄板を木製の作業台に滑らせるようにして置くと、ブルーノは天井からぶら下がる片手鍋をひとつ取った。「こういうのにジャムや蜂蜜をつけて食べるのは好きでしょう?」

「通常の食事よりも好みます」ダンは嘘偽りなく答えた。ヒナは作業台に並べられているような野菜はあまり好きではない。延々とおやつの時間が続けばいいと思っているような子だ。

「ミスター・ダンの言う『甘いパン』の用意は出来ませんが、ジャムの種類は豊富ですので」当たり前だが、他人行儀な物言い。なんとなく気に入らなかった。

「ダンで結構です。こちらもブルーノと呼ばせて頂きますので」

「それは……なんだか不公平だな。名前は何ていうんだ?」ブルーノは鍋に砂糖と水を入れた。

もしかしてヒナの好物のカスタードプディングでも作っているのだろうか?

「僕は、ただのダンです。名前など、どうでもいいでしょう」ダンは素っ気なく答えた。自分の名前は雇い主にさえ明かしていない。

「まあ、確かに」ブルーノはあっさりとしたもの。ダンに背を向け鍋に集中している。

「食事はみんな同じ席で?」ダンは尋ねた。ヒナはひとりで食事することに慣れていない。バーンズ邸で使用人と食事をする事はなかったものの、一人で食事をした事は一度もないはず。

「そのつもりです。効率がいいので」ブルーノは答えた。鍋を火から外してこちらを向くと、ひとつ息を吐き言葉を続けた。「言っておきますが、伯爵はヒナの滞在に関して手当の増額はしてくれませんでした。毎月限られた予算でやりくりしているというのに、無駄遣いはできません。しかも約一名余計に食費がかかるし――とにかく、食事に関してもリクエストを聞けるのは今夜だけということです」

これにはダンも反論できなかった。伯爵がヒナをここでどう扱うつもりかがよく分かったからだ。具体的にどう扱えと指示されたのか、この際だから訊き出すことにしよう。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 16 [ヒナ田舎へ行く]

「よろしければ、焼き立てをひとつ頂いても?」

ブルーノが振り向いた時、ダンはすでにスツールのひとつを引き寄せ、まさに焼き立てのスコーンの前に着席するところだった。尋ねてはいるが、返答はどうであれ、食べる気満々だ。

この図々しさは都会の人間ならではなのか、それとも、もともと厚かましい人間だからなのか。極楽鳥のような恰好は、屋敷に仕える使用人らしく地味に目立たないように改められている。

ともあれ、ブルーノはダンを追い出す気はなかった。

せっかくだからヒナのことをあれこれ探ろうという算段。一見したところ、ダンはもともと堅苦しい性質ではなさそうだ。どことなしか、完璧な使用人を演じているようなふしがある。無邪気で奔放な主人(ヒナのことだ)に仕えるとなると、嫌でも堅苦しくなろうというものだ。

テーブルにマグを二つ置き、保温しておいたポットから紅茶をたっぷりと注ぐと、自分も椅子を引き寄せ座った。時間はまだある。

「ヒナに仕えてどのくらいだ?」ブルーノはざっくばらんに訊いた。

「二年くらいです。といっても、これが長いか短いか、人によって捉え方は違うと思います。まあ、一緒に暮らしてみればわかりますが、僕の前の人は一週間で根をあげたらしいですよ」

ヒナの面倒を見れるのは自分だけとでも言いたいのか。例えそうだったとしても、明日の昼にはここを出て行ってもらうがな。

「具体的には何がどう大変なんだ?」ブルーノはスコーンを半分に割りかぶりつくと、熱々の紅茶を喉に流し込んだ。本当はバターをたっぷりと塗るのが好きなのだが――蜂蜜でもジャムでもなく――、ケチなスペンサーにバターの注文を減らされたのでここは我慢だ。

「具体的に言えるようだったら、誰も苦労はしません。最初はやはり言葉に苦労しましたけどね。なにを言っているのかさっぱりですよ?アダムス先生の根気強さに感謝しなくては」ダンは紅茶にスコーンを一度浸してから口に運んだ。食べ方はひとそれぞれだ。

「アダムス先生?」

「ヒナの家庭教師です。母親想いのとても優しい人なんですよ」

「へぇ」紅茶を啜った。特に返す言葉がなかったからだ。

「質問いいですか?」ダンは訊いたが、案の定、返事を待たず質問を始めた。「ヒナはここにいる間、なにをして過ごすのでしょうか?もちろん家庭教師は雇ってもらえませんよね?」

「くわしくはスペンサーに訊いてくれ。ちなみに、家庭教師が来る予定はない。ただ、スペンサーが色々教えなきゃならないとかどうとか言っていた。土地のこととか、ラドフォードの歴史がどうとか。ヒナにどう関係するのかスペンサーも気にしていたが、伯爵流の嫌がらせだろうと言ってやったんだ。いつもそうだからな」

「伯爵はひどく気難しい人のようですけど」

「らしいな。俺は会った事も見たこともないが」

なんとなく気詰まりな空気が流れた。それはお互いに探り合いをしているせいだろうと、ブルーノは思った。ダンはヒナがここでどんなふうに扱われるのかを心配している。苛めるとでも思っているのか?馬鹿馬鹿しいっ。

「そろそろ作業に戻る。出て行ってくれ」ブルーノは飲みかけのカップを回収し、ダンをキッチンから追い出した。ふたつめのスコーンに手を伸ばそうとしていたからだ。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 17 [ヒナ田舎へ行く]

伯爵による嫌がらせ。

悪くない線だと、ダンは思った。

ヒナのウェストクロウ滞在も一種の嫌がらせのようなもの。

ああ、それにしても。なんておいしいスコーンだったのだろう。あれならヒナも大満足だ。ジャムも蜂蜜もいらない。欲を言うなら、クロテッドクリームかバターをほんの少しでいいから塗って食べたかったけど。

まあ、贅沢は言っていられない。僕は余計者なわけだし。

ダンは玄関広間を横切り、スペンサーがいるとおぼしき書斎の前に立った。上着の裾を引っ張り、背筋をぴんと伸ばすと、最後の砦を目指してドアを押し開けた。

結局のところ、スペンサーがこの屋敷の管理者であり、正式に伯爵からヒナを預かる旨を依頼された人物である。なので当然、スペンサーを口説き落とす必要がある。

「おやおや。我が物顔で書斎まで入ってくるとは、さすが――」

「いえいえ、我が物顔だなんてめっそうもない」ダンはスペンサーに皆まで言わせず、ウェイン譲りの図々しさでもって書斎机の目の前に陣取った。「ひとつ確認しておきたい事があったので、晩餐の前に少し時間が頂けたらと思っただけです」

スペンサーは組み合わせた指の上に顎を乗せ、興味深げにダンを見やった。不意を突かれるのは慣れていると言わんばかりに。

「で、なにが知りたい?」鷹揚な態度で尋ねる。

「伯爵はヒナのことを何と言っていましたか?」ズバリ訊いた。

どちらも胡散臭い笑顔で見つめ合いながら、相手の腹の内を探った。けっして敵同士ではないものの、味方かといえば、まったくそんな事はないわけで……。

「伯爵が何と言っていたかは知らない。先月、代理人がわざわざここまでやって来て、伯爵が然るべき命を下すまで子供を一人ここに住まわせると言ったんだ。客を招くとか、そういうニュアンスとは違った。厄介者を遠くへ追いやろうとしているんだと、その時は思ったね」

「で、いまはどうなんです?厄介者を預かったと思っていますか?」

「俺たちはそんな感情は持たない。これは仕事だからな。ただ、お前に関しては、厄介者としか言いようがないが。ということで、今夜一晩は見逃すとしても、それ以上はないと思っておくんだな」スペンサーは非難がましい目でダンを見た。

「そうですか。一晩は見逃してもらえるんですね」ダンはわざとらしさいっぱい、胸を撫で下ろした。まるで一生ここに住みつけと言われたかのような安堵の表情を浮かべて。

「ところで――」スペンサーの語調が変わった。「お前の主人はいったい誰だ?」

「ジャスティン・バーンズ様です」ダンは歯切れよく答えた。

言っても不都合はないと判断したが、越して来たばかりの隣人が旦那様と気づくのも時間の問題だろう。気付いた時、彼らがどうするのか全く予想がつかないのが難点だ。

「彼がヒナの保護者ということか?」

それを訊くという事は、ヒナの両親が亡くなっていることを承知しているとみていいだろう。ブルーノやカイルはほとんどなにも聞かされていないようだったが、おそらくスペンサーはヒナが伯爵の孫だと知っている。もしくは状況から薄々勘付いているか。

「ええ、そうです。この国に滞在している間は旦那様の保護下にいます」後継人はパーシヴァル・クロフトだけど、それは今言わなくてもいい情報だ。

「ここにいる間は、その保護下から外れるという事を忘れないように」スペンサーは卓上をバンッと叩いて、唐突に会見を終わらせた。

ダンは潮時だとみて、速やかに退散した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 18 [ヒナ田舎へ行く]

めかし屋の気取り屋が出て行くと、スペンサーは机の一番上の引き出しを開け、指示書と言うべき伯爵からの手紙(代筆)の束を取りだした。

多くを知りたいとは思わない。けれども知らな過ぎるのも考えものだ。

状況すべてを把握していれば、余所者に大きな顔をされずに済むというもの。

今回の状況が三年前の時とよく似ていることを思えば、尚更なにが起こっているのか確認しておく必要がある。唯一あの時と違うのは、子供が一人だけ送り込まれたという事。前回は物々しいまでに警護された馬車が――ほとんど武装と言ってもいい――敷地内に入り、秘密裏に何かしていた。

この二件の違いは何なのだろうかと、スペンサーは手紙を読み返してみるが、ヒナが伯爵と何らかの関係があり、そのことが伯爵にとって非常に不都合だという事しか読み取れなかった――文中では伯爵は何ひとつとして認めていない。

「あ~、ヒナダメだってばっ!勝手に入るとすごくうるさいんだから」

突如弟の声が聞こえ、スペンサーは慌てて手紙を引き出しに仕舞った。やましい事はまったくないが、ひどく動揺した。

「え、そうなの?」と、とぼけるようなヒナの声が聞こえたかと思うと、次の瞬間には、図書室と繋がるドアからもじゃもじゃ頭がバタバタと駆けこんできた。

「ヒナは支度できたよ」得意満面、ヒナが言う。

スペンサーは困った顔で応じた。「その頭どうしたんだい?」

ヒナの頭は、破れたクッションからはみ出した綿のようにボリュームたっぷり膨らんでいた。なおかつ頭のてっぺんには半月状の何かが突き刺さっている。

「ダンがいないからこうなったの」カイルでは不十分とヒナは宣言した。

ヒナの知るところではないが、うっかりダンの気分を害してしまったが故、仕方がない。おかげでシャツのボタンは掛け違えているし、裾もズボンに収まっていない。足元は裸足にスリッパときている。

「随分と長い髪だな。そういうのがヒナの国では流行っているのか?」スペンサーはもろもろのおかしな部分を省いて訊いた。

「知らない」ヒナは素っ気なく答え、先ほどダンが温めておいた沈み込みのいいソファに飛ぶようにして座った。

お尻がポンと弾む。

「さっきからいい匂いがしてるの。ブルゥは甘いパン焼いてる?」にこにこと訊ねる。

「うちではパンは焼いていない。毎朝、ノッティが届けてくれるんだ」スペンサーは淀みなく答えた。

「ノッティはパン屋なんだ」カイルは兄を伺うようにして書斎に入ると、ヒナの横にちょこんと腰かけた。

「それじゃあ、明日ノッティにお願いしたらいい?甘いパン」

「その甘いパンてなんなの?さっきダンがぶりおっしゅ?って言ってたけど」

「ぶりお……?なにそれ?シモンの甘いパンだけど」ヒナは眉を顰めた。知らない言葉には興味を引かれながらも徹底的に拒絶反応を起こすようだ。

「フランス人のシモン?」

ここでスペンサーの知らない人物の名が出た。これ以上知らない事が増えるのはごめんだ。

「そうだよ。シモンはグリッチニも焼いてくれるんだ」ヒナが得意げに言う。

「?」カイルは目玉をぐるりと回した。ヒナの言うことについていけなくなったのだ。

スペンサーは助け舟を出した。「カイル、テーブルの支度は出来たのか?もうあと――」そう言って炉棚の時計を見やる。「二〇分で晩餐だ。今夜は五人分だぞ。さっさと支度に取り掛かれ」

「あ、はいっ!」カイルはバネのように立ち上がった。「じゃあ、ヒナまたあとで」

末の弟は兄を一顧だにせず、駆け足で書斎を出て行った。

残ったヒナは唐突に言った。「ジャムに似てるね」

ジャムってなんだ?

つづく


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ヒナ田舎へ行く 19 [ヒナ田舎へ行く]

屋敷の中を一通り見て回ったダンは、ヒナがきちんと支度を終えたのか確認する為、一旦部屋へ戻った。自分も晩餐の為に着替え、隣を覗く。

ヒナはいない。

バスタブは置かれたまま。

タオルは投げられたまま。

靴も上着も用意しておいた場所にそっくりそのままあった。

なんてことだ!

ダンは青くなった。上着と靴を手にして、慌てて部屋を出る。

カイルに任せたのが間違いだったとは言わないが――なぜならヒナはちょっと目を離すと大抵はだらしない恰好で屋敷内をうろつくので――やはり目を離すべきではなかった。

いや、待てよ。と、ぴたりと足を止める。

これでひとつ証明できるのではないか?ヒナの世話は僕にしか出来ないという事が。もちろん、ヒナの世話係はブルーノであってカイルではないけれど。

ただ思うのは――おそらく事実として――ヒナの世話をしろとは誰一人として命じられていないという事。頭の痛いことに、僕がいようがいまいが関係ない。

やれやれ。愚痴めいた事を思っても仕方がない、とにかく、ヒナを見つけてまともな格好をさせなければ。旦那様に知れたら大変だ。

ダンはキッチンに直行した。

ヒナを探すならまずはここから。

だが誰もいなかった。

次に図書室に顔を出した。まずまずの蔵書の数に、ダンは改めて嘆息した。ヒナが好んで読む恋愛小説の類は見当たらないが、これだけ冊数があれば、面白そうな本のひとつやふたつ、ヒナなら見つけるだろう。窓辺には寝心地の良さそうな大きなソファが配置されていて、部屋の隅の小さな書き物机もヒナが勉強するにはちょうどいい。あの机をあっちに配置して――ダンはささやかな模様替えを頭の中で繰り広げた。

ふいに、きゃははとヒナの笑い声が聞こえた。

ダンはきょろきょろと辺りを見回し、ついにヒナの所在を突き止めた。

図書室を抜けて書斎に入ると、ヒナとスペンサーが楽しそうに会話していた。もちろん楽しそうなのはヒナだけで、スペンサーは愛想笑い程度だったのだけれど。

「ヒナ、その頭!」ダンは絶句した。これほどひどい状態は久しぶりだ。まるで暖炉の火で炙ったみたい。

「出来れば一言断ってから入って来て欲しいですね」スペンサーがチクリと一言。

ダンは目を剥いて、スペンサーを見た。ヒナとはお愛想半分とはいえ楽しそうにやっておきながら、僕にはその態度?いくら招かれざる客でも、個人的には悪いところなどひとつもないのに。

「お坊ちゃまが靴と上着を忘れていたようなので」ぎりぎりと歯ぎしりしながら言う。

「ああ、確かに。裸足はよくない」スペンサーはヒナを見ながら、にやにやと言った。

ヒナはふくれっ面をし『お行儀のいいヒナ』の演技のことなどすっかり忘れ、こそこそと椅子の陰に隠れた。

「ヒナ、もう間もなく食事の時間です。せめて、靴は履いてください。それから、その頭をちょっとどうにかしましょう」ダンはポケットに忍ばせておいた、整髪用のオイルを取り出しながら言った。

ヒナは口を尖らせ、渋々応じた。

つづく


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